プロフィール

基本情報

年齢:40代

出身:さとうきび畑がたくさんの田舎

家族:夫、幼児二人

実家:6人家族だったがほぼ正しく解散させた。盆正月に帰る実家無し(詳細は後半に)

趣味・資格

《 薬 膳 》

育児をしながら「日本中医食養学会」の基礎講座を修了。第二子出産で中断していたが勉強再開

《 英検 2級 》

高校生の時に取得し、3年ほど前に再度取り直した(使う機会がなくほとんど話せない)

《 三 線 》

だいぶ前に新人賞を取って満足し、現在は楽器禁止のマンション住まい(大雨の日だけ弾きます)

《 海外旅行 》

主に1人旅。独身時代にチェコ、オーストリア、イタリア、台湾、ベトナム

好きなもの・こと

沖縄のすべて。県民性も含めて(いい所も悪い所も)大好き。(悲しいほど愛しています。)

《 好きな音楽 》

COCCO 安室奈美恵 有里知花

アン・サリー Tom Waits

カラオケではBon Jovi

イエローモンキーズ globe くるり ビーズ

歌います

《 好きな食べ物 》

食べ物肉全般

(塩だけかけて焼いて食べるのが一番好き)

《 好きな占い 》

  • 気学
    五黄土星
    (運が強い、情が厚い、責任感も強い)

  • 動物占い
    長距離ランナーのチーター
    (好奇心旺盛のおっちょこちょい)

  • 季節占い
    春生まれ
    (本質を知る人)

  • 月星座
    牡牛座
    (五感が優れた人)

  • 六星占術
    土星人
    (プライド高いが意外と単純)

  • オリエンタル占星術
    畢宿
    (大器晩成・マイペース)

  • ストレングスファインダー
    (占いじゃないですが)
    自我 内省 収集心 成長促進 着想

《 好きな言葉 》

【シンプルと単純は違う】

【違うから楽しい、同じだから嬉しい】

【足るを知る】

【明日やろうは馬鹿野郎なんだよ】

いくこの現在

幼児2人を育児中です。体調が安定せず現在漢方薬のお世話になっています。

これまでの生きづらさの原因を知る為に多くの書籍を読んだ結果、「機能不全家族育ちでそもそもしつけがされていない」×「HSP(感覚過敏)」があるんじゃないかと言う結論に落ち着きました。

このブログを読んでほしい方

家事、育児、仕事、介護、旦那さんのお世話、親戚づきあい、家庭のマネジメントを毎日頑張りすぎているお母さん達です。

「食事作りがしんどい。でも栄養バランスのいい食事を家族には食べさせたい」

「とにかく早く休みたいんだよ。寝かせてくれ」

と心の中で叫んでいるあなたです。

少しでも笑顔が増えるように、今日、たとえ20分だけでもいつも早く床につけるように、心を込めて書いていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

これからの目標

「世の中のお母さんたちを楽にしたい!!!」

死ぬまでの目標

「お年寄りもこどもも障害者もみんなが集まれるハッピーな場所を作りたい」

これまでのサバイバル事情

安らぎのない家庭の幼少時代~大学卒業まで

常に不安と緊張が充満した家庭で育ちました。いつもびくびくしていて、とても自己肯定感の低い子供でした。とにかくその日を乗り切るのに必死でした。

障害を持つきょうだいが2人いますが、余りに心もとない両親の為、「私がしっかりしなくちゃ」となんとなく思い、とりあえず勉強だけは頑張り、中学までの成績は良かったです。

・高校入学と同時に年齢(15歳)を16歳と偽り、バス券と教科書代、その他の生活費のために働き始めました。大学受験の前々日まで働いていました。それでも親にお金を無心されました。

大学入学と同時に1人暮らしを始め(逃げるように家を出ました)、アルバイト3つ掛け持ちで単位ぎりぎりで卒業しました。

この時代に生き抜くずぶとさ、知恵を培ったように思います。周りの大人や友人にとても恵まれました。いま思えば、「かなりの強運の持ち主」と自負しています。

運よく就職→転職。でも心身崩壊の20代

就職氷河期に正社員で就職。学生時代より収入減+奨学金返済の始まり。

そこはサービス残業が当たり前で、なおかつ女性社員が退勤後に全員分の茶碗を当番で洗う業務がありました。タイムカードを押した後に強制されるのがとても疑問で、それを男性上司に質問して苦笑いされるような新入社員でした。

その後小売業に転職。手取りが1.8倍ぐらいになった。

「奨学金を繰り上げ返済するまでは絶対に辞めない」と決意しました。「これを返済するまで結婚できない」となんとなく思っていました。

新しい職場は先輩、上司、同期、福利厚生にとても恵まれ、仕事内容も環境も合っていました。やりがいもありたくさんの事を学ばせていただきました。とても成長したと思います。(初年度の残業は月に100時間は軽く超えていましたが若かったのでなんとかなりました。)

転職から数年後に実家に帰り心身崩壊。

実家が貧乏すぎて電話も電気も止められる有様になっていたので、お給料の良かった私は1人暮らしを解消し一緒に住み始めました。

しかしこの同居は、両親からの無言の圧力を含む暴力的な自己主張と、家族5人分の家事を一手に引き受けながらの生活でした。中間管理職になり、会社員生活(もちろん毎日サービス残業)との両立で私自身の心身が崩壊しました。周りにも迷惑をかけ、心療内科へ行き、1ヵ月の休職になりました。

実家に戻って割とすぐ限界を迎える

職場復帰と同時に役職も降りましたが、父からの言葉の暴力、母の無関心・無視などの精神的苦痛+経済的負担+労力すら奪われる事に耐えながらの会社員生活がもう限界でした。私の両親は無職でずっと家にいるにもかかわらず、炊事、掃除はもちろん、自宅の切れた電球の交換やきょうだい達の病院受診まで私に押し付けてきました。

きょうだい達は本当にかわいくて大事な存在だったので、2人を置いて家を出ていくことは全く考えもしませんでした。

職場復帰から約1年後、奨学金の繰り上げ完済ができそうだったのもあり、退社。自分で何かやろうと漠然と思うようになりました。

奨学金の最後の繰り上げ返済のための振り込みをした時期、沖縄は鮮やかな緋寒桜がたくさん咲いていました。

退職から家族解散まで

退職後の経験

「やりたいことを片っ端からやろう」と思い、学校入学(全経簿記の2級を取りました)、ヨーロッパの1人旅、三線の挑戦(新人賞を頂く)などを実行しました。

ヨーロッパ滞在時、

「私、自分の幸せのためだけに努力してもいいんだ!!」

「お金も時間も自分の為だけに使うことに罪悪感を持たなくてもいいんだ!!!」

と、生まれて初めて自分の存在を肯定しました。その時の明るくまぶしいローマの駅前での光景は今でもはっきりと覚えています。

以前の小売業を退職し、半年間の学校卒業後は、事務職・相談業務・短期の単純作業・入力業務・官公庁に所属したり、キャバ嬢まで他にもいろんな経験をしました。

でも全てが「やりたいこと」ではなく「お金の為」の仕事でした。

でも、どの職場でも、

「すべての経験が私の財産になるはずだ」と一生懸命まじめに働きました。

それでも続く過酷な家庭環境

辛く悲惨な毎日が繰り返される中で一筋の希望も見いだせず、「母ときょうだい2人を私の車に乗せて、4人で海に落ちた方が楽だ」と2度思いました。溺死に至るまでの苦しさを想像するとそれもできませんでした。

ある職場では相性の悪い人に巡り合ってしまい、辞めるまでいじめ抜かれる、という貴重な経験までさせて頂きました。根回しや清濁併せ呑むこと、目上の方を立てること、空気を読むことが苦手な私でした。

いろんな局面でしんどい事も多々ありましたが、すばらしい友人知人にたくさん助けられました。家族に関しては、多くの支援者にご尽力頂き、無理を言ったりしながら4人を正しく解散させ、私はやっとで自分の人生を取り戻したのです。(この時30代半ば)

結婚、出産、育児の始まり~ブログを立ち上げるまで

その後、なんとか回せる日々を手に入れた私は、「とりあえず人並みの人生経験」をしてみたいと前向きになりました。すばらしいパートナーに巡り合い、結婚・出産し現在は子育てをしています。主人や周りのおかげで、衣食住の心配もせず何かに怯えることもない、生存を脅かされることのない生活を手に入れました。

それは私にとってとても感慨深いものでした。

「生まれて30年以上たって初めて、普通の暮らしを手に入れた」

と思いました。

子が1歳になり育休が終わる頃、待機児童が多く保育園に入れずに離職しました。

そしてまた「自分で事業をしよう」と思い、かなりの遠回りを経て「薬膳」に出会いました。

起業と薬膳とブログの理由の箇条書き♡

【将来起業したいと思う理由】

☆保育園に入れない

☆子供の体調不良時の預け先がない

☆認知症になった両親ときょうだい2人の面倒も見なければならない。(あらゆる書類手続き、病院受診の付き添い、金銭管理など)

☆旦那が多忙(平日はほとんど顔を見ない)。家事分担とか無理。

☆これまでお金の為だけに働き、精神も時間も浪費しまくって疲弊していたので、余生は好きなことだけをしたい

☆経済的に自立したい

☆HSPの特性などに気づき、オフィスワークは「無理だ」と悟った

【薬膳にした理由】

☆大好きな沖縄にいろんな側面から貢献できると思う

☆健康で長生きしたい

☆数年前の「占い」で「今年は漢方薬や薬膳の勉強をするといい」とあってすぐに学び始めた

☆世の中大変だけど、「家庭の中のお母さんさえ元気ならきっとなんとかなる!」

☆中医学の考え方が見事に私の価値観と合致した

☆薬膳に惹かれ将来性を感じた

【ブログを書く理由】

  • 月に数冊の読書で苦しくなっていたので、同時にアウトプットしてスッキリしたい

  • せっかく学んだ薬膳なので誰かに伝えながらもっと深く理解したい

  • 英語を勉強していく中でアウトプットの重要性を痛感

  • 「起業」に関する書籍の中で、「起業より先にネットを先行させること」の記述を発見

  • 「スペシャリストじゃなくてもいい」「弱いまま成功しよう」の記述に背中を押される

  • アフィリエイトという方法を知った

  • そもそも文章を書くことが好き

これらの理由を全部絡めて、近い将来子供が大きくなったら

「外国人観光客向けの薬膳料理教室」

「初心者向けの料理教室」

「転勤族のための沖縄料理教室」

などを自分でできたらいいなーと夢見ています。死ぬまでには地域に根差した、人が集まる施設も作りたいですし。もちろん不安だらけです。「パートで働いた方がいいんじゃないか?」と何度も思いました。

でも死ぬときに、

「あぁ、あれ、やればよかったな」「挑戦すればよかったな」

と後悔は絶対にしたくないのです。

今の私は知識も力量も足りない。大好きな沖縄も問題山積。プライベートもやらなければならないことがたくさん。その中で、今の私にできることを考え抜いた結果がこのブログです。家事、育児、仕事、介護、旦那さんのお世話、親戚づきあい、家庭のマネジメントでぐったりなお母さんたちが少しでもラクになる様に、少しでも笑顔が増えるように、20分だけでもいつもより早く床につけるように心を込めて書いていきますので、どうぞよろしくお願いします。

追記:「ゆくえりあ」の由来

沖縄の言葉「ゆくゆん、ゆくる(ひと休みする、一息つく)」と「-eria(イタリア語で場所を表す 〈ピッツェリア〉の様に使われる)をくっつけました。

沖縄でもあまり聞かれなくなった言葉ですがよく祖母が使っていました。

近所の人が野菜などを持って我が家に立ち寄った際に、「えー、ゆくてぃけー(家に上がって少し休んでいきなさい。お茶でも飲んでいきなさい)」という風に。

世の女性たちが少しでもゆくれる時間と場所を作れるように!、いつか私がこれを読んでいる誰かに「ゆくてぃけー」と言える機会が訪れるように、この温かい使わせていただきます。

最後まで読んでくださってありがとうございます。

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